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(ミッテンヴァルト・レーベル)
瑞々しく、神々しい祈りの音 生誕120年を経て甦る色彩豊かな音楽「菅原明朗 器楽作品集」

(ミッテンヴァルト・レーベル)
瑞々しく、神々しい祈りの音 生誕120年を経て甦る色彩豊かな音楽「菅原明朗 器楽作品集」

ミッテンヴァルト・レーベル

瑞々しく、神々しい祈りの音
生誕120年を経て甦る色彩豊かな音楽(西耕一)
MTWD 99065 ¥3,000 + 税
「菅原明朗 器楽作品集」
菅原明朗(明治30年~昭和63年、1897-1988):
「白鳳之歌」~ピアノのための(昭和6~8年)
 ①第1曲「臈纈」(1931)[4:33]
 ②第2曲「和琴」(1931)[3:47]
 ③第3曲「水煙」(1933)[6:15]
「三つの断章」~無伴奏ヴァイオリンのための(昭和51年、1976)
 ④Ⅰ. Lento [3:33]
 ⑤Ⅱ. Vivace [3:39]
 ⑥Ⅲ. Moderato [4:59]
⑦「バラード」~ヴァイオリンとピアノのための~(昭和52年、1977)
無伴奏セロ・ソナタ(昭和37年、1962)
 ⑧第1楽章 Allegro Moderato [5:48]
 ⑨第2楽章 Lento [4:53]
 ⑩第3楽章 Allegro [7:33]
(アンコール)
「ブルゴーニュ」~3つのピアノ小品~より(昭和44年、1969)
⑪Ⅰ.Vézelay [3:41]

①-③⑦⑪澤田まゆみ(ピアノ)
④-⑦印田千裕(ヴァイオリン)
⑧-⑩印田陽介(チェロ) 

録音:2017年10月16日豊洲シビックセンターホール、 TT[63:28]
※菅原明朗(作曲家、教育家)
1897年(明治30年)3月20日兵庫県明石市生まれ、1988年(昭和63年)4月2日東京没。
京都第二中学校在学中、小畠賢八郎にソルフェージュとホルンを師事。1914年上京し、川端画学校に入学して、藤島武二に師事して洋画を学ぶ。このころ大田黒元雄、堀内敬三、大沼哲らと知り合う。1915年に最初のピアノ作品が大田黒元雄のサロンで演奏される。1919年奈良に移り住み、音楽の勉学に励む。1921年同志社大学で音楽指導、神学部で音楽文化史を講義。1926年オルケストラ・シンフォニカ・タケヰの指揮者に就任。1930年帝国音楽学校作曲科主任教授。新交響楽団(現NHK交響楽団)を指揮するようになる。作曲分野では純音楽、映画音楽、さらには西洋音楽を日本音楽に取り込み、伝統音楽を再生させる試みもおこない、戦後の洋楽の作曲家たちにも大きな影響を与えた。また永井荷風との共作、友情の物語は有名。加えて生涯に500を超える執筆活動のほか、指揮活動をおこない、敗戦直後までプーランク、ミヨー、サティ、オネゲル、フローラン・シュミット、日本の作曲家、自作などの作品の初演を旺盛におこなう。戦争直後は生活に苦労しながらも創作に励み、特に1970年代以降、70歳を超えてから100を超える作品を創作している。未だ演奏されていない、大作を含む数多くの作品が残っている。幅広い知識と教養を持った人物であった。弟子に深井史郎、服部正、伊藤昇、吉田隆子、小倉朗、小関裕而、宅孝二らがいる。著作に「楽器図説」(音楽之友社)、「楽器のはなし」(共同通信社)、「和声法要義(リムスキー=コルサコフ著の翻訳)(音楽の友社)などがある。

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