みんなが聴き慣れた作品に新たな血を通わせる、それが私の信条です――ロリン・マゼール | "/>

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特別寄稿(伊熊よし子)
※ベートーヴェン:交響曲全集 マゼール(指揮)トスカニーニ交響楽団
みんなが聴き慣れた作品に新たな血を通わせる、それが私の信条です――ロリン・マゼール

特別寄稿(伊熊よし子)
※ベートーヴェン:交響曲全集 マゼール(指揮)トスカニーニ交響楽団
みんなが聴き慣れた作品に新たな血を通わせる、それが私の信条です――ロリン・マゼール

みんなが聴き慣れた作品に新たな血を通わせる、それが私の信条です――ロリン・マゼール

「鬼才」と称された指揮者、ロリン・マゼールが2014年7月13日、肺炎およびその合併症により亡くなった、享年84。マエストロ・マゼールには何度かインタビューを行い、演奏も聴き続けてきた。彼は記憶力がハンパではなく、一度会った人の顔も話の内容もけっして忘れることはなかった。

マゼールはいつ会ってもエネルギッシュで、雄弁で、前向きな姿勢を崩さなかった。カラヤン亡きあと、ベルリン・フィルの音楽監督候補の最右翼といわれたが、その地位をアバドにさらわれるや、「もう2度とベルリン・フィルの指揮台には立たない」と爆弾発言をしたことは有名だ。ウィーン国立歌劇場の総監督を辞すときも、フランス国立管弦楽団の音楽監督をやめるときも、常に物議をかもしてきたマゼールだが、1988年からは故郷のピッツバーグに戻り、同交響楽団の音楽監督に就任してこのオーケストラをより向上させることに力を注いできた。そして1993年、いよいよドイツ・オーケストラ界のもう一方の雄、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任することになる(2002年まで)。
バイエルン放送交響楽団は1949年に創設され、リヒャルト・シュトラウスの指揮によって幕開けした歴史と伝統を誇るオーケストラ。ドイツ音楽をレパートリーの中心に据え、重厚で豊かな響きをもつドイツ音楽の王道を行く演奏を聴かせる。そのバイエルン放響とは1993年4月に来日し、複数の日本公演を行った。これはその後5回、1年から1年半おきにわたってわが国で定期的に行うコンサート・シリーズの第1回目にあたり、マゼールは緊迫感あふれる熱い響きを導き出した。

「バイエルン放響はドイツのエリート・オーケストラです。私のディレクションによるシリーズの第1回にはぜひともドイツ音楽をもってきたかった。それも水準の高い演奏をね。このオーケストラで聴くドイツ音楽だったら文句ないでしょう。磨き抜かれた響きと、からだのなかに染み込んでいるドイツの伝統が音となって出てきますから」
マゼールはひとつのテーマに基づいてプログラムを決めるのが好きなようだ。来日公演でも自然や風景描写や物語性のある作品を主軸にしたテーマでプログラムを組んでいる。

「本当は音楽家というのは演奏する場所、時間、その場の空気などから霊感を得て演奏するのが一番いいのだが、現在なかなかそうはいかない。インドの伝統音楽などはいまでもその方法を忠実に守っているけど…。昔はアンコールを100曲くらい書いた紙を聴衆に配って、”ところでみなさんはどんな曲が聴きたいのかな?“と声をかけ、2時間くらいアンコールをしたなんていうことがあったらしいけど、そういうのいいよね、理想だな」
こう語るマゼールは、録音よりもナマの演奏会で燃える指揮者だ。瞬間の表情が著しく変わり、音楽は異様なまでの高揚感を見せ、ありったけの情熱をステージにぶつける。他に類を見ないほどの記憶力のよさ(どんな曲でも全暗譜)と、緻密な解釈、オーケストラをタクト1本で自在に操る偉大な才能を持ち合わせている。それゆえ、さぞクールな素顔の持ち主かと思いきや、インタビューでは非常にフランクで饒舌である。

「私はドイツ&オーストリア音楽をこよなく愛しています。私の背骨のようなレパートリーといっても過言ではありません。指揮者として活動を始めたときからこうした作品を演奏し、特にベートーヴェンの交響曲はバイブルのような存在です。みんなが聴き慣れた作品に新たな血を通わせる、それが私の信条です。それをオーケストラのひとりひとりに理解してもらい、高みを目指してベートーヴェンの神髄に近づく。それこそが目標であり、夢でもあるのです」
マゼールのドイツ&オーストリア音楽は神秘的な美しさを弦と管から引き出し、オーケストラのアンサンブルの見事さ、機能美を十分に発揮させる。ヴィオラやチェロのピッツィカートは鋭く、金管も咆哮する。しかし、それがけっして強い響きではなく、あくまでもやわらかな、森の奥から聴こえてくるような深さをもっている。自然賛歌の美しい旋律などはオーケストラの名人芸を十分に考慮しながら、一幅の絵画のように鮮やかに描き出すため、聴き終わった後に熱い感動が心に残る。

ここに聴くトスカニーニ交響楽団(トスカニーニ・フィル)とのベートーヴェンは、まさにその感覚が体現できる演奏。いずれの作品もこれまで聴いた演奏とは一線を画し、刺激的で激情的で、しかも柔軟性に富む。「ここにこんなフレーズが隠れていたのか」「この金管の音は新たな発見だ」「弦のやわらかさはまるでオペラのアリアのよう」「緊密なアンサンブルなのに、どこか自由闊達で天空に飛翔していくよう」など、目からウロコの発見が山ほど。同じ交響曲を何度も聴きたくなる魔術的な魅力を秘めている。マゼールは新しいオーケストラとコンビを組むときは、そのメンバーの資質をじっくり考慮し、いかにしたら可能性を引き出せるか、眠っている才能を開花させることができるかを考えたという。トスカニーニ交響楽団との対峙もそれを念頭に、彼らの潜在能力を見抜き、みんなが嬉々として演奏できるよう仕向けていった。それが全面的にこのベートーヴェンに結実している。

マゼールは会って話を聞くと、からだの内側からふつふつとエネルギーが湧いてくるような、そんな印象をもたらす人だった。音楽も同様に、聴き込むほどに熱量が増してくる。これが「マゼールの力」であり、ベートーヴェンに対する熱く深い思いである。その気概を9曲から受け取りたい。

伊熊よし子

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TBRCD 0103/07(5CD)特別定価:¥3,500+税
「ベートーヴェン:交響曲全集」
ロリン・マゼール(指揮)トスカニーニ・フィル
(以下第9のみ)
マリア・ルイジア・ボルシ(ソプラノ)
エレーナ・ジドコヴァ(メゾ・ソプラノ)

マリウス・ブレンチウ(テノール)
ラファエル・シヴェク(バス)

フランチェスコ・チレア合唱団(ブルーノ・ティロッタ指揮)
2008年8月20~23日タオルミーナ、ギリシャ劇場(シチリア州)におけるライヴ・デジタル録音

(マゼールのベートーヴェン:交響曲全集 プロモ映像)

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